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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)95号 判決

原告 大阪建物株式会社

被告 東京都固定資産評価審査委員会

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

本件訴えの要旨は、

一  東京都中央税務事務所長は、昭和四四年九月三〇日付で原告に対し、原告所有の別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、東京都知事が昭和四三年度の価格を決定し、家屋課税台帳に登録した旨の通知をした。

二  しかし、本件建物は、昭和四三年度の固定資産税の賦課期日である同年一月一日当時未完成であつて、まだ課税客体となつていなかつたのであるから、本件建物を家屋課税台帳に家屋として登録したのは違法である。

三  そこで、原告は、昭和四四年一〇月二九日、被告に対して右登録に不服があるとして審査の申出をしたが、被告は、昭昭四五年三月二日付で原告の右審査の申出を棄却する旨の決定をした。

四  よつて、被告がした右決定は違法であるから、原告は、右決定の取消しを求める。

というのである。

そこで、まず、本件訴えの適否について検討する。

一  原告は、被告がした原告の審査の申出を棄却する旨の決定を取り消す旨の判決を求めているのであるから、原告が本件訴えについて利益を有するとすれば、それは、勝訴判決を得たうえで、被告の再審査を受けることにあることは明らかである。したがつて、原告は、被告の再審査を受けることができる事項について不服があるのでなければ、本件訴えについて訴えの利益を有しないというべきである。

ところで、原告の主張によれば、原告の不服は、本件建物は昭和四三年度の固定資産税の賦課期日当時まだ課税客体となつていなかつたにもかかわらず、家屋課税台帳に家屋として登録されたことにあるというのである。

そこで、以下に、固定資産課税台帳に登録された物が固定資産税の課税客体に該当するか否かが固定資産評価審査委員会の審査すべき事項に含まれるかどうかについて検討する。

二  地方税法(以下「法」という。)は、固定資産税について、課税技術上の要請から、一定の課税要件の存否又は内容を登記簿又は固定資産課税台帳に登記又は登録されたところに基づいて定める形式主義を採用している。

例えば、法は、納税義務者について、固定資産税は、固定資産の所有者に課する(法第三四三条第一項)が、この所有者とは、未登記の土地若しくは家屋又は償却資産については、それぞれ土地補充課税台帳、家屋補充課税台帳又は償却資産課税台帳に所有者として登録されている者をいうと定め(同条第二項前段及び第三項)、また、課税標準について、固定資産に対して課する固定資産税の課税標準は、当該固定資産の価格で、固定資産課税台帳に登録されたものとする旨定めている(法第三四九条及び第三四九条の二。このように課税要件の存否又は内容を固定資産課税台帳に登録されたところに基づいて定める方式を以下「台帳課税主義」という。)。

しかし、法は、固定資産税の課税要件について形式主義を採りつつ、右のような台帳課税主義を採用していない場合がある。すなわち、法第三四三条第二項前段は、登記された土地又は家屋については、納税義務者である所有者とは、土地登記簿又は建物登記簿に所有者として登記されている者をいうと定め、土地課税台帳又は家屋課税台帳に所有者として登録されている者をいうと定めていない。したがつて、法は、登記された土地又は家屋に対して課する固定資産税の納税義務者について、形式主義を採りつつ、前記の意味における台帳課税主義を採用していないことは明らかである。そして、賦課期日において土地登記簿又は建物登記簿に所有者として登記されている者は、真実所有権を有する者であると否とを問わず、また、土地課税台帳又は家屋課税台帳に所有者として登録されている者であると否とを問わず、納税義務者とされるのである(登記簿上の所有者が不動産の真実の所有者でないとしても賦課期日において登記簿上の所有者であつたという事実自体は、もはや動かし難いところであるから、この場合には、台帳課税主義のもとにおいて登録と実態との不一致につき後記のような救済手段が設けられているのと趣を異にし、実態との不一致を救済する方法はない。)。

これに対し、法第三四二条第一項は、固定資産税の課税客体について、「固定資産税は、固定資産に対し、-----------課する。」と定めている。そして、法第三四一条は、「固定資産」とは、土地、家屋及び償却資産の総称であり(同条第一号)、「土地」、「家屋」及び「償却資産」の意義は、それぞれ、同条第二号から第四号までに定めるところによるとしている。すなわち、法は、同条第二号から第四号までに該当する土地、家屋及び償却資産をもつて固定資産税の課税客体と定めているのである。

固定資産税の課税客体である土地、家屋及び償却資産は、固定資産課税台帳に登録される(法第三八一条)が、法は、前示のとおり、固定資産税の課税要件のうち、形式主義を採用している納税義務者及び課税標準については、登記簿又は固定資産課税台帳に登記又は登録されたところに基づいてその存否又は内容を定める旨を明らかにしているのに対し、課税客体については、右のとおり定め、登記簿又は固定資産課税台帳に登記又は登録された物を課税客体とするとは定めていないことに照らし、法が固定資産税の課税客体について形式主義を採用していないことは明らかである。したがつて、固定資産税の課税客体であるか否かは、その実態によつて定められるのであり、法第三四一条第二号から第四号までに該当する土地、家屋及び償却資産は、登記簿又は固定資産課税台帳に登記又は登録されると否とを問わず、固定資産税の課税客体に当たり、これに該当しない物は、たとえ、登記簿又は固定資産課税台帳に登記又は登録されたとしても、それによつて固定資産税の課税客体となるものではない。

ところで、法は、市町村長(都の特別区の存する区域においては都知事(法第七三四条第一項)。以下同じ。)が固定資産の価格等を決定し、又は修正し、これを固定資産課税台帳に登録した後、固定資産課税台帳を一定の期間関係者の縦覧に供し(法第四一五条及び第四一九条第三項)、又は価格等の決定又は修正及び登録の事実を納税義務者に通知する(法第四一一条第一項及び第四一七条第一項)こととしたうえで、固定資産課税台帳に登録された事項について不服のある固定資産税の納税者に対し、一定期間内に固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることを認め(法第四三二条第一項)、固定資産評価審査委員会の審査決定に基づき、市町村長は、固定資産課税台帳に登録された事項を修正し(法第四三五条第一項)、修正されたところに基づいて固定資産税を賦課し、又は既に決定した賦課額を更正する(同条第二項)ものとしている。

もつとも、固定資産課税台帳に登録された事項のうち、土地登記簿又は建物登記簿に登記された事項及び道府県知事又は自治大臣が決定し、又は修正し、市町村長に通知した価格等に関する事項は、固定資産税の納税者が固定資産評価審査委員会に審査の申出をすることができる事項から除外されている(法第四三二条第一項)が、前者が除外されているのは前示のとおり賦課期日において土地課税台帳又は家屋課税台帳に所有者として登録された者は、土地登記簿又は建物登記簿に所有者として登記された者である限り、真実の所有者であると否とを問わず、納税義務者とされるのであるから、右登録事項について、それが真実の権利関係と符合しない旨の不服の申出を許す必要がなく、その余の登録事項で、土地登記簿又は建物登記簿に登記された事項、すなわち、土地及び家屋の客観的状況に関する事項は、仮に、それが実態と符合しないとしても、そのこと自体によつて固定資産税の納税者に不利益を及ぼすことはないから、右事項についても、それが実態と符合しない旨の不服の申出を許す必要がないからであり、また、後者を除外したのは、道府県知事又は自治大臣が固定資産の価格等を決定し、又は修正したときは、その価格等を固定資産の所有者又は納税義務者に通知する(法第三九三条、第四一七条第二項並びに第七四三条第一項及び第二項)ものとし、これらの者において、右価格等の決定又は修正に不服があるときは、行政不服審査法の定めるところにより不服申立てをすることができる(法第一九条第八号)ものとしているからであると解される。

そして、法は、右のとおり、固定資産評価審査委員会の審査を通じて固定資産課税台帳に登録された事項を修正し、修正されたところに基づいて固定資産税を賦課し、又は既に決定した賦課額を更正する途を設けたうえで、固定資産税の賦課についての不服申立てにおいては、固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項についての不服を当該固定資産税の賦課についての不服の理由とすることができない(法第四三二条第三項)とし、固定資産税の賦課決定においては、右事項に関する課税要件の存否又は内容は、固定資産課税台帳に登録されたところに基づいて形式的に定めれば足り、たとえ、それが実態と符合しないことがあつても、賦課決定の違法理由とはならないものとしているのである。

以上のように法の固定資産税に関する規定の構造をみれば、法が固定資産評価審査委員会の制度を設けたゆえんは、法が前述のとおり固定資産税について台帳課税主義を採用し、一定の課税要件の存否又は内容を固定資産課税台帳に登録されたところに基づいて定めるものとしたことに対応し、市町村長の誤認、評価の誤り等により固定資産課税台帳に登録された事項に誤りがある場合において、これに基づいて課税要件の存否又は内容が定められることにより固定資産税の納税者が受ける不利益を救済することにあると解するのが相当である。そうであるとすれば、固定資産税の納税者が固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項は、固定資産課税台帳に登録された事項のうち、前示のとおり法第四三二条第一項において明文をもつて除外している土地登記簿又は建物登記簿に登記された事項及び道府県知事又は自治大臣が決定し、又は修正し、市町村長に通知した価格等に関する事項を除くその余のすべての事項にわたるものではなく、法が台帳課税主義を採用し、固定資産税の課税要件の存否又は内容を固定資産課税台帳に登録されたところに基づいて定めるものとしている事項に限られると解すべきである。

そして、固定資産税の課税客体について法が台帳課税主義を採用していないことは前述のとおりであるから、固定資産課税台帳に登録された物が固定資産税の課税客体に該当するか否かは、固定資産税の納税者が固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項に当たらないというべきである。

三  そうすると、原告が本訴において被告がした決定について主張する不服は、被告の再審査を受けることができる事項についての不服に当たらないから、原告は、本件訴えについて訴えの利益を有しないというほかはない。

よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 吉川正昭 青山正明)

(別紙省略)

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